エンリコ・マシアス

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情報更新:2011/11/15

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エンリコ・マシアス(エンリコ・マシアス)

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アーティスト概要

1938-12-11:フランス領アルジェリア(現アルジェリア共和国)コンスタンティーヌ生まれのユダヤ系アラブ人。誕生名「Gaston Ghrenassia」でシンガー・ソングライター,ギタリストとして活動。日本では1964年「L'amour C'est Pour Rien/恋心」、1967年「A Solenzara/想い出のソレンツァラ」、同67年「Je Le Vois Sur Ton Visage/わかっているよ」などが代表曲となっています。


メモ

父親はアンダルシア・ミュージシャン(バイリオン奏者)の「Sylvain Ghrenassia:1914--2004」で、「エンリコ・マシアス」も15歳で父親の参加していた[Cheikh Raymond/シェイフ・レイモン」のバンドにギタリストとして参加。
以降メンバーから付けられた愛称「Enrico/エンリコ」で知られるようになり、また「シェイフ・レイモン」の娘「Suzy Raymond/スージー・レイモン」と結婚します。


メモ

しかし義父となった[シェイフ・レイモン」は1961年6月22日「アルジェリア民族解放戦線」に暗殺され、同61年「エンリコ・マシアス」は妻と共にフランス・アルジャントゥイユに逃亡。
その後パリ市に移り1962年シングル「Adieu Mon Pays」でデビューします。ステージ名は愛称と誕生名を短縮した(nassia)を併せ「Enrico Nassia」の予定でしたが、ミス・プリントされ「Enrico Macias」でデビューしています。


メモ

デビュー時からフランスでは知られた存在でしたが、1963年に「人種平等」をテーマにした「Enfants De Tous Pays/世界の子供たち」がフランス1位を記録。以降も1967年「Les Filles De Mon Pays/ふるさとの娘たち」がフランス1位、同67年「Mon Coeur D'attache/いつも心に」がフランス1位を記録しています。



関連アーティスト情報

Cheikh Raymond
シェイフ・レイモン

1912/07/27 ~ 1961/06/22

フランス領アルジェリア(現アルジェリア共和国)コンスタンティーヌ生まれ(父親はユダヤ系アラブ人,母親はフランス人)。誕生名「Cheikh Raymond Leyris」でアンダルシア・ミュージシャン,シン ... 続きを読む

情報更新:2011/11/15







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