サイト案内全米チャート全英チャート米国旧チャートビルボードHot100米国R&Bチャートリンク他

日本人チャートヒット

1958年8月4日スタート

Hot100:第一週トップ10

更新:2015年8月

ロックンロール及びプレスリー登場

ロックチャート:Top100時代含む通称
前身「Top 100」時代の1955年、「Bill Haley (& His Comets)/ビル・ヘイリー(&ヒズ・ブルー・コメッツ)」による「Rock Around The Clock/ロック・アラウンド・ザ・クロック」が1位となり、ロックンロール時代が到来。翌1956年以降は「Elvis Presley/エルヴィス・プレスリー」の爆発的な人気によるロックンロールがラジオに溢れますが、当時の米国の保守的な人々にとって「好ましくない耳障りな音楽」であり、ビルボードは新メイン・チャートのスタートを計画します。

1958年3月から「Elvis Presley/エルヴィス・プレスリー」の兵役(2年間)が開始。同1958年8月に「Hot100」スタートの歴史を飾る初代1位曲はソフトなカントリー・ポップ調の「Poor Little Fool/プア・リトル・フール」となり、歌手はTVホーム・ドラマでも人気の「Ricky Nelson/リッキー・ネルソン」でした。

当時ビルボード誌の購入層はレコードやチケット購入力のある富裕層であり、チャートも富裕層に配慮した様ですが、若者や大衆の人気を操作できるはずもなく、1959年には「Elvis Presley/エルヴィス・プレスリー」が兵役休暇中に録音した曲もヒットを記録。1960年には「Elvis Presley/エルヴィス・プレスリー」が兵役を終了し再び大ヒットを連発、その他の新しいスターも誕生してロック時代が到来します。

アメリカン・ポップス及びモータウン・サウンド

ポップチャート:通称
1960年代初期には音楽としてのロックは次第に社会に定着、またモータウン・サウンドなどポップ色の強い「R&B」もビルボード・チャートを賑わせます。一方でアフリカ系米国人などによる人種差別や公民権をテーマとした曲メッセージ性の強い楽曲は、放送禁止(または自粛)などの対象楽曲となり、「R&B」チャートのみチャートインする現象も表面化。

更に米国保守層の抗議などもあり、1963年11月には「R&Bチャート」を終了させています。

ビートルズ登場とメッセージ・ソング

1964年に「Beatles/ビートルズ」が米国に進出しチャートを独占。米国の保守的な人々にとっては「Beatles/ビートルズ」も反社会的象徴であり「好ましくない耳障りな音楽」であり、アフリカ系以外のアーティストも次々に「公民権運動」などの「メッセージ・ソング」を発表。

1964年7月2日「Civil Rights Act:公民権法」が制定され、ビルボードも1965年1月に再び「R&Bチャート」を復活させています。

また1960年代後半からベトナム戦争に対する反戦ソングが登場。しかし米国では保守層の抗議や政府によるオンエア自粛依頼などがあり、チャート決定にオンエアーを加味(比率は非公開)しているビルボードは大衆と離れたチャートとなっていきます。

Come Together / Something 事件

1969年「ビートルズ」の上記シングルは「両面別々」にチャートインしますが、最終的に「カップリング扱い」で1位を記録。オンエア重視チャートなら「両面別々」チャートイン、セールス重視チャートなら「カップリング扱い」が一般的ですが、世界各国のチャートと比較しても考えられないチャート操作を露呈しています。

全米=CashBox
不透明なチャート決定もあり、米国チャートとしての信頼性は「CashBox」誌が保持。世界の主要通信社やメディアは「CashBox」を全米チャートとして配信しています。

黄金時代へ:American Top40/放送開始

1970年7月4日にラジオ放送をスタートした「American Top40」が放送チャートに採用。同番組は新聞や雑誌では不可能な最新ヒット曲40曲を聴けるということ、また番組DJ「Casey Kasem/ケーシー・ケイスン」の人気も拍車をかけ、世界各国でオンエアされる人気番組に成長します。

日本版:American Top40
1972年10月からラジオ関東(後のラジオ日本)が日本語編集版を放送。「湯川 れい子」がDJを務めて人気番組となっています。

ビルボード・チャートの多様化

「American-Top40」の世界的人気によりビルボードは黄金時代を迎えますが、一方でヒット曲がオンエアされない(トップ40入しない)などの事態が起こり、次々とジャンル別の新チャートを追加します。

既に「通称:R&Bチャート」,「通称カントリーチャート」,「通称:A/Cチャート」などが存在しましたが、1974年に「Hot Dance Club Play」以降ロックチャート「MainstreamRock」及び「Modern Rock」などのジャンルを追加。更にオンエアー中心やセールス中心などに細分化していきます。

ヒット曲がトップ40入しない理由
シングル・リリースされずアルバム・バージョンの収録時間が長すぎてオンエアに不向きな場合。12インチ・アナログ・シングルなども同様で、一般的に「Radio Edit:オンエア用編集盤」が無い場合はトップ40内にはチャートインしません。
「American-Top40」はAM放送ということもあり、政府の要請で「反戦ソング」を自粛する場合、リスナーに対する配慮で「人種問題」を含む曲を自粛する場合、などFM放送に比較して神経質なオンエア選定がされています。

時代の変化と危機

1980年代も「American-Top40」の人気を保持。「Radio & Records」による「CHR Chart」なども米国で人気を得ますが、ビルボード誌も「全米チャート」として定着します。

降板:Casey Kasem/ケーシー・ケイスン
1987年に看板DJ「Casey Kasem/ケーシー・ケイスン」が降板。以降は徐々に番組人気も低下、また相変わらず人種問題などを抱えチャートの細分化も進行。「Billboard-Hot100」は総合チャートとしての存続意義を問われます。

採用:Billboard-Top40 Radio Monitor
「Billboard-Hot100」の集計方法変更もあり、1991年にラジオ局はトップ40に「Billboard-Top40 Radio Monitor」を採用。

1990年代には「American-Top40」の人気低下も加速、1995年1月には番組を終了(1998年3月再開)しています。しかし長年のライバル「CashBox」は1996年から長期休刊に追い込まれライバル不在。ビルボードは時代に配慮したことが好結果となり、「全米チャート」の代名詞を維持して21世紀を迎えています。

インターネット時代

21世紀になるとインターネットで楽曲をファイルとしてダウンロードする方法も定着。2005年2月「Billboard-Hot100」はダウンロード・セールスをチャート集計に追加します。






姉妹サイト

〒・住所・地図・衛星写真
日本の島々電話番号検索&国際電話情報日本・世界の伝統色&ウェブカラーHP制作ヒント&PCニュースオフィスソフト&テンプレート

From 2008 To 2018 By T.Yoshimura

Copyright © 洋楽データベース

ページトップへ戻る